平和の礎としての留学生交流

国際教育(留学生)交流は平和への王道

理事 加藤 行立 
元日本国際教育協会・駒場留学生会館館長

私たちは、今、日本に滞在している外国人留学生の皆さんに、そして、近い将来、日本に留学することを目指して勉学にいそしんでいる世界の学生たちに、1945年8月15日までの過去の日本と、その後あらたに生れ変った現在の日本とは全く違った国だということを虚心坦懐に確認していただきたいと常に思っています。そして、そのことが皆さんにとって日本留学の掛け替えのない成果の一つになりますよう祈念しています。

戦後、私たちは、〔1〕主権在民(民主主義)、〔2〕戦争放棄(平和主義)、〔3〕基本的人権の尊重という三大原則につらぬかれた世界に冠たる日本国憲法を体して、新しい時代にふさわしい人づくり、国づくりに励んできました。

同時に、私たちはかつての戦争によって、わが国が甚大な被害を与えた国ぐにとの関係を修復し、友好的な協力関係を結び、相互理解・相互信頼関係を増進し盤石なものにするために、あらゆるレベルの人的交流を積極的に推進するなど、さまざまな努力を傾注してきました。1954年に創始された日本政府(文部科学省)国費外国人留学生受入れ制度はその顕著な例の一つです。以来半世紀を経た今日、総勢13万人余の外国人留学生がこの国で学んでいます。このうち93.3%が中国(8万9千人)、韓国(1万6千人)、中華民国(台湾)(4,000人)、ベトナム(2,100人)、マレーシア(2,000人)、タイ(1,900人)、インドネシア(1,600人)、バングラディシュ(1,500人)、スリランカ(1,300人)、モンゴル(1,000人)その他アジア諸国からの留学生です。彼らが政治、社会、経済、文化などさまざまな局面で日本の国際化にどれほど大きな役割を果たしたかはかりしれません。それぞれの国(地域)の文化を体現している留学生は、私たちの視野を広げ、異文化への関心と親しみを喚起し、国際感覚を涵養(かんよう)する情報源としてまことに貴重な存在です。

やがて、決められた期間内に所期の目的を達成した留学生たちは巣立ち、日本の内外で属目(しょくもく)された働き手となります。そして5年後、10年後彼らはそれぞれの地域社会で、信望の厚い人材として頭角を現します。1980年代の後半からこのかた、都市部や農村部の景観を著しく変貌させるほどめざましい経済発展をつづけているアジア諸国の中で、異文化体験から洗練された国際感覚と広く深い視野と洞察力を身につけた人材たちもかなりの貢献をしているのでしょう。

世はまさに情報化時代。アジア地域の多くの優秀な若人たちは、先輩たちのあとを追って、日本で勉学をつづけたいと意欲を燃やしています。私たちは、日本には彼らの高度な知的欲求を満足させる魅力的な学舎(まなびや)があるという情報を発信し、同時に、増大する来日留学生たちが、快適な日常生活を営めるように宿舎を整備し、奨学金制度を拡充するなどは無論のこと、内外の大学・研究機関等と連携して、教員・研究者・学生の相互交流を促進し、単位互換制度を普及徹底するなどあらゆるてだてを尽くさなければなりません。

'04年4月、(財)日本国際教育協会をはじめ留学生関係の4団体ならびに日本育英会を整理・統合して新しく独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)が発足しました。これも日本が50年余にわたって着々と推進してきた国際化への努力が実った大きな成果の一つです。これまで5団体が個々におこなってきた事業全般を継承して、日本の学生すべてを対象とした多岐にわたる業務が一元的に効率よく実施されるようになりました。ここでは外国人留学生も別格扱いされたり、差別されたりすることはなく、日本人学生とまったく同等かつ公平に処遇されています。今後ますます増大する留学生たちの多様なニーズに即応できる態勢がととのったことになります。

思うに、はるばる海を渡り、空を飛んでこの国に来る留学生一人ひとりに、彼らが想い描き、追い求めて来た夢を実現させ、将来それぞれが住む地域社会で自分の望みどおりの人生航路を歩んでもらうためには、世界が平和で安定していることが必須の条件です。しかし、この地球上では、ごく限られた地域とはいえ、相変わらず紛争がつづいています。そこでは、いたいけなる子どもたちが殺され、世が世ならば天寿を全うして多様な才能が華さくかもしれない前途ある若人たちが戦火にたおれているのが現実です。

'05年現在、全世界には180万人余の留学生がいるとされています。オーストラリアの権威あるNPOは「2025年には世界全体の留学生数は720万人に達するだろう」と予測しています。現在の4倍・・・とすると、その頃の日本には50万人余の留学生が滞在していることになるのでしょうか。

それぞれ異なった価値観と違った習俗をもった若人たちが世界のいたる所に相集い、互いに切磋琢磨しながら友情を深め合えば自然に協調の輪が拡がり、やがて平和で安全な共生社会が築かれることが期待されます。

ここでアジアの動向を見ましょう。〔1〕日本、タイ両国修交120年目に当る'07年6月、タイ王国の首都バンコクに、日本留学経験者たちが総力を挙げて準備し創設した泰日工業大学(Thai-Japan Institute of Technology)が開校しました。この新しい学術技芸振興の拠点の誕生によって日・タイ両国の友好の絆はさらに強靭なものになるでしょう。〔2〕シンガポールは、現在5万人の受入れ留学生の数を15万人にふやそうとしています。国民の間では「この教育産業拡大計画が実現したら、国民一人当たりのGDP(国民総生産)はどのくらい上昇するか」ということが論議されています。〔3〕'07年9月は、日本国と中華人民共和国が国交を正常化してから35周年という記念すべき年に当りますが、この国では'07年には12万人を超える留学生を受け入れる見込みで、世界各国に孔子学院を開設して、中国語・中国文化の普及に努め、自国の存在をアピールしています。

国際化の進展にともなって、あらゆる局面で相互依存・相互補完関係が深まる中で、東南アジア諸国連合(ASEAN)に加えて日本、中国、韓国のほかオーストラリア、ニュージーランドなどがアジア・太平洋地域共同体を結成しようと動きはじめ、'07年8月には、オーストラリアのシドニーでアジア・太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開催されました。いよいよアジア・太平洋時代の到来です。

これは、今世紀のできるだけ早い時期までにこの地上から戦争という人間にとって最大にして最悪の公害を根絶して、旧来の行き掛かりを捨てて、人類が一つの家族のように分けへだてなく、仲よく安心して暮らせる平和な国際社会を実現したいという私たちの願いに明るい展望を開くものです。